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OldなJazzのルーズな日々


2006-01-18 音楽

Jazz:Hot and Hybrid hotjazz

暫く前に買ってどっか行ってしまって最近見つかりまた読み出しています。Jazzの歴史や音楽についての研究/解説書です。原著の最初の発刊がなんと1938年です。その後何度か再発行されていますがこの日本語訳は1946年の改訂版が元になっています。Jazz特有のリズムやBlueNoteについての研究がされています。

BlueNoteの研究についてはこの本が一番古いのではないかと思われます。メディアがSPレコードしか無い時代ですからサンプルは限られますが、BessieSmithの歌を元に解析を試みています。

筆者はBluesを「旋律的」音楽と捉えています。和声は西洋の音楽に乗ってはいるけれど独自の旋律がBluesの特徴でコード楽器の和音は「たまたまそこに存在しているだけ」であるという観点です。そしてその中で三度と七度の音程がどの様に変化して使われているかを検証しています。こういった研究は当時他にも色々行われていたそうですが、結論から言うとBluesの歌の表現では三度がフラットして短三度になるけれどその音程は通常の短三度より低い時もある高い時もあると、とまあ、ありきたりの結論でした。でもこれで良いのではないかな。この種の本の目的は研究書ですから、ありのままを検証して書けば良いわけです。音楽の理論書では「○○○は△△△である」と明言しなければなりませんので。だからBluesは理論として取り扱えないわけです。

他にも著作が古い割には(古いから?)突っ込んだ事が書いてあります。黒人教会の礼拝の様子など、本当に礼拝を見て取材していますので、時代から考えて一番実態に近い記述ではないかと思われます。

面白いなと感じたのはJazzを全く民族音楽とその延長であるという視点で見ています。これが1930年代の捉え方なのでしょう。興味深いところですが、この時代はメディアによってコントロールされている現在の「大衆」という集団が未だ完全に出来あがってない時代であると、明記されています。1930年代は新聞/雑誌、ラジオはAMだけレコードはSPでどちらもHiFiではない。映像は映画だけ、メディア未発達の時代です。この時代は「民衆」は存在したけれどメディアによって均一化/平坦化された「大衆」はまだ完全には無かったわけです。

この時代背景を前提とすると、音楽の種類には、譜面として残っている昔からある西洋音楽と、歴史があるのか無いのか分からない直伝としての民族音楽の2つの種類しか存在しなかった事になります。その様な時代だったからこそアフロアメリカンの民族音楽のJazzが音楽として高度に発達して定着して行った事が驚異的だ、と捉えられたわけです。メディアが発達した現在ではこの発想は有り得ません。知識も情報もメディアを通して簡単に手に入るので音楽の発達も主に外部からの知識導入で平均的に行われます。

Jazzの発達がメディア等外部からの知識導入で出来上がって行った音楽ではなく、現場で直接音を出す事から発達して行った音楽だとすれば(現実にそれがJazzだったとこの本の著者は結論付けている)理論書を片手に勉強するJazzなどはその時点でJazzでは無いよという事になります。まぁーこの辺り、著者はJazz/Bluesを全部ひっくるめてアフロアメリカン音楽全体を"Jazz"と呼んでいますから論点としては少々ズレているかもしれません。これも追々比較検証していきましょう。

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